ちょっとレンアイしてみたいだけ


生まれてこの方全くモテないので、それなりに辛いとか悲しいとか思ってしくしく泣いたりする。

そのたびに、「なんでこんなに悲しいの?」「そもそもなんでカレシ出来ないのが辛いと思うんだ?」とか考えてみる。


ひとりぼっちが寂しいから…

結婚したいから…

ちやほやされたいから…


色々考えたけどどれもしっくりこない。

ひとりぼっち、確かにね。寂しい。でも趣味だの友達だのでまだなんとか凌げる。

結婚ね。まあしたいよね。いい歳だしね。でも結婚とかファンタジーすぎてそこまでまだ辿り着く段階じゃない。

ちやほや。されたいね確かにね。でも別にちやほやされたからって人生変わらんし…


あ、そうだ

私ちょっとレンアイしてみたいだけなんだ。


ということに気付きました。


そんな理由?って感じですけど、この「ちょっと」が肝心で


ちょっとそこのコンビニまで牛乳買いに行こ

とか

ちょっとあそこに寄ってご飯食べよ

とか

「ちょっと」ってぷらっとって感じでしょ。なんの気負いもないでしょ。


なんの気負いもなく、ときが来れば、レンアイできると思ってたんです。


誰かと連絡をちまちま取り合ったり、映画やご飯に行ったり、お互いの家に行ったり

ほかの友達とはちょっと違う、特別な人と、二人の時間を過ごす

ときが来れば、そういう相手が現れると思ってた。


で、そのうち「ちょっと」って、私にはちょっとじゃないんだ、ということに気づき…


自分なりに努力してみました。

でも、惨敗、惨敗、惨敗…の繰り返し…

連絡して、面会、音信不通のループ

無言でフラれ続けるこの悲しみよ…



私の「ちょっと」は、どこにあるの?



いきなり結婚だなんて高望みしてない。

私はいきなり人生のパートナーに選ばれるようなすごい女性じゃない。

劇的な運命なんて期待してない。

ただちょっといいなと思う人と、二人で過ごしてみたい…


「ちょっと」と思ってたことが、こんなにも遠い。


もしかしたら、存在しないのかもしれない。


淡く抱いていた夢が、淡いまま消えていく。

この恐怖。



みんなが何かのついでみたいにつまんでいく「ちょっと」のレンアイが、私には一生無いのだろうか…


そんなことを考えると、眠れぬ夜があるのです。




喪女はどう生きるべきか


生まれてこの方もてない女です。


なぜ?と考え続けてはや20数年。

まだ諦めるのは早い?そう言われ続けて何年経ったことか…。


もてない女は考えることをやめた。


これ以上考えても答えなんか出ないし、「私のどこがダメでしたか?」と今まで出会った男性にインタビューする勇気もない。してたら完全いっちまってるヤツって思うし。


いま一番の願いは、彼氏のいない自分を好きになること。彼氏がいなくたって自分は良い奴だって思えるようになりたい。


いまは、毎日自分を責めてる。

今までの失敗を思い返しては、どうしてダメだったの?と自分を叱ってしまう。

悪いのは、性格か、見た目か、両方か。それとも思いつかないような何かなのか。

欠点ばかり並べて下を向いてる。


大袈裟だけど、このままじゃ生きるのがつらい。

どれだけ友達に「喪女ちゃんはいいヤツ」って言ってもらっても、自分ではそう思えない。


友達は永遠にはそばにいてくれない。

みんなそれぞれ人生のパートナーを見つけて生きていくんだろう。

私もいつかそんな人と出会えるのかなって思ってたけど、出来ないんだから仕方がない。

もし皆別々の道に行くなら、最後に私のそばにいるのは私だ。

そのときに、自分ですら私を好きじゃないなんて悲しすぎる。


だから、もう出来ないことを責めるのはやめにしたい。

自分は自分でオッケーだと思えるようになりたい。


そんな日が来ますように。